シュレーディンガーの恋人

 

 

猫田くんとは大学入学時の新歓で知り合った。

名前の通り、猫みたいな人だった。

よく、気紛れな人の事を「猫みたいな人」と形容する事があるけど、そんな生半可なモノではなく目や髪、姿勢、「猫」と頭に着くような特徴は全て当てはまっていたし、歩き方や路地裏が妙に似合う所、普段はのんびりしているのに驚いた時の瞬発力、人より高い場所が好きで縁石の上をするすると歩いたり、大学の外階段の1番上まで昇って態々おかかのおにぎりを食べていた。あ、舌も猫舌でザラザラだった。

何かの間違いで本当に猫が人になっちゃったのかな、と何度も考えたけれど、身分証もしっかりあるし、彼は本当の人間だった。

 

猫田くんと私が仲良くなったのは、出会った新歓から何ヶ月も経った冬、人数合わせで呼ばれた合コンを2人で抜け出した時だった。

猫田くんは突然「俺、文(アヤ)ちゃん(私)と用事が出来たから」と他のメンバーに告げて、私の手を引っ張って外に出た。

店の前でドギマギしていると「じゃ、また大学で」と此方を一瞥して手も振らずに背を向けて歩き出したので驚いた。

 

あ、別に私と何かあるわけじゃないんだ。

 

実を言うと、新歓の時から猫田くんの事を私はずっと気になっていた。恋愛的な意味ではなく、本当に猫みたいな人だったから興味があったのだ。冷たい風が吹いて、ダウンを来た背中をくの字に曲げながら猫背で去っていく彼に、何か言葉を浴びせてやりたくて「またって、大学で会ってくれるの?」と風にかき消されないよう割と大きめに言ってみた。

 

寒さに首をすくめながら猫田くんは振り返って「いつも会ってるじゃん」と笑った。

 

何の事だかさっぱり分からなかったけど、後から聞いた話だと彼は凄く目が良いみたい。だから遠くから私のことをよく見かけていたらしい。知らなかった。

でもそれ、会ってるって言わないよね。見てる、の間違いじゃないかな猫田くん。

 

それから猫田くんは私を見つけるとよく話しかけてくれるようになった。と言ってもいつも遠くから「文ちゃん〜」と間延びした声で呼んでくれるだけで近付いていくのは毎回私だ。

そんな関係を繰り返して、年が明けた頃うちのコタツが気に入った猫田くんは「俺ここに住みたい」と言い出した。(猫田くんの家にはコタツが無いみたい)

 

付き合ってもいないのに一緒に住むのはなぁ、とぼんやり返したら「順番間違えた、文ちゃん付き合ってください」とコタツから首だけ出して土下座していた。

猫田くんはいつもそのコタツで寝ていた。

本当に本当によく眠る人だった。

布団で寝なよ、と最初は促していたけど、根が張ったように動かなかったので、猫田くんらしいなと私もそのうち気にしなくなった。

 

季節は今は夏、だけど私の部屋には未だにコタツが出ている。

猫田くんはもう、ずうっと、コタツから出てこない。大学にも行っていない。

毎日声をかけているけど、返事はない。

いつものように背中を丸めて眠っているのだろう。

この間、コタツの布団に紅茶を零してしまったから本当は布団をはぎ取って洗いたいけれど、猫田くんが起きてしまったら可哀想なのでそのままにしている。

 

…なんだか外が騒がしい気がする。

カーテンの隙間から外を覗こうとして窓際に寄った時、インターホンが鳴った。

 

「すみません、警察です。こちらの部屋から異臭がするとの通報を受けたのですが___ 」