もう匿ってはくれない

 

 

首から肩にかけて流れる襟足の中に、言うことを聞いてくれない反抗期の毛束がいる。原因は分かっている。項に旋毛があるせいだ。

こいつが現れると、髪が伸びてきたなあと自覚する目安にはなる。髪は女の命だとか言うけれど 正直あまり髪に思入れは無いので 疎ましく思うことが大半だった。

 

だったんだけどなあ。

 

 

寝てる時に髪を指で梳かれるの、気持ち良くて好きっていう記憶はあるのに、あれ、もう何年も実際の記憶はない。当たり前だ、ずっと刈り上げてたんだもの。梳く髪も無いし梳いてくれる人も居ないし。

 

人が他人の髪に触れる時、また触れられる事を受け入れる時、愛おしい感情が必ず共存している。

髪にゴミが付いてるよ、と手を伸ばす男は大抵相手に気があるし お疲れ様、と頭に軽く触れられてときめく女は大抵相手に気がある。親は子を愛おしく思って頭を撫でるし、人は犬や猫に対して可愛らしく愛おしい気持ちから頭を撫でる。人を選ばず髪に触れることが出来るのは美容師くらいなのではないか。

逆を言えば基本、愛情の無い相手の髪には触らないし、触れられたくもないのだ。

 

あれ、最後に誰かに髪に触れられたのっていつだっけ。

 

吉祥寺の美容師しか浮かばない。

マズいな。

触れられた覚えもなければ触れた覚えもない。

何だか分からないけど凄く焦ってきた。どうしよう、このまま誰の髪にも触れず、触れられずだったら。死にはしないけどそれってなんだか凄く寂しいし虚しくないか。

 

 

と、謎の焦燥感に追い込まれたのが 確か昨年の冬で、そこから約1年襟足を伸ばし続けている。

傷んだ毛先を切ったり量を減らしたりこそしたものの「彼女が出来るまで襟足はきらない」という攻略難易度★★★★☆クエストを自分に課せてしまった為、行き場の無い襟足は今日も元気にぴょこんと跳ねている。

 

そんなコイツのことが時々愛おしくなって、らしくもなくヘアオイルを塗り込んでみたかと思えば 急に憎らしくなったりして、自分でブリーチ剤を刷り込んでしまったり 私の気持ちの押し付け所は完全にこの毛先になってしまった。

因みに今さっき、これでもかとブリーチ剤を刷り込んで 襟足のみ真っキンキンになっている。会社の規定なんてどうでもいい。クビになる時はクビになるのだ。こんな状況だし、髪の色を抜いてストレスが発散出来るなら安いものだ。

 

 

長々と 襟足に拘ってこの文章を書いてきたが 結論からいうと 恋人が欲しい。これに尽きる。きっかけこそ襟足だったものの、本当は髪を梳かれる以外に恋人ができたらやりたい事は沢山あるのだ。

 

ありのまま、思い付くままに欲望を書き出してみるとかなり沢山の具体例が出る。

休日にスウェットで化物語シリーズの鑑賞会をしたいし、猫足バスタブで一緒に泡風呂に入りたい。欲を言えばガレージに住みたい。IKEAで少し小さめのダイニングテーブルを買って 絵図しか描かれていない分かりにくい説明書を読みながら 一緒に組みたてたい。「煙草そろそろ辞めなよ」ってお願いされたいし、「貰った灰皿使いたいから」ってやんわり断りたい。相手の影響で好きになったアーティストの曲を街中で聴いた時に、眉をひそめたくなるような関係にはなりたくないし、願わくばいつまでも新譜を買って帰ってくるよう連絡を貰いたい。

喧嘩もしたいけどその日に仲直りをしたい。

風邪を引いた時、薄目を開けたら見える距離に相手がいて欲しいし うんと甘やかして欲しい。

大きなベッドで二人、昼前まで眠りたい。

偶に早起きしたら自分が作るでもいいし、相手に作ってもらうでもいいけど、健康的な朝ご飯を一緒に食べたい。ゆっくり咀嚼して、温かいお茶を飲んだら洗い物ジャンケンまでがセットだ。

ベッタベタだけれど ディズニーランドにも行きたいな。別れるジンクスなんて知らない、どうでもいいと思えるくらいの相手と ちょっと高いお散歩ぐらいの気持ちで園内を歩きたい。

 

一生こんな事ばかり書いていられる。キリがないな。でも書いてみると案外、恋人がいる人なら経験したことがあるような、ありふれた日々ばかりのような気もする。(猫足バスタブと、ガレージは違うと思うけど)

俗に言う、当たり前が一番難しいという奴だ。

 

こんな記事、書きたくもなるよ。

だって独りで居るの怖いんだもん。

 

不安なんだと思う。

会社の、日本の、世界の状況が悪化していくのをただ見ている事しか出来ない事。

今回の感染によって、自分は被害を受けた当事者として自覚を持たなければならない事。

政府の発言や対策に一社会人として向き合わなくてはならない事。批判や擁護の意見を知って現状を理解しなければならない事。何が本当の情報で、何が嘘なのか 己で判断しなければならない事。そんな時に、独りで居なければならない事。

 

元々引き籠もりなタチだから、外出が出来ないことに対しての不満や不安は無いし文句もない。

ただ先々の事を考えると、どうしても不安にはなってしまう。このまま会社が倒産したら。その前にリストラされたら。同業種への転職が上手くいかなかったら。自分自身のおぼろ豆腐メンタルと独りで向き合う自信は皆無だ。よく自分の機嫌は自分で取れみたいなツイート見かけるけど、機嫌は取れても情緒はどうしようもない。自分でコントロール出来たら情緒不安定なんて言葉存在しないだろ。それでもきっと私はやり場のない不安定な情緒をメジャーセカンドの転校したばかりの佐藤光の如く壁打ちし続けるだろうし(誰が分かるのこの例え)人間を辞めたくなると思うし(というか既に辞めたい)きっと夜の暗さが怖くなる。私が私で居られる気がしない。

 

もっと若い時はその日の生活に満足が出来なくて、夜更かしをした。本も沢山読んだし漫画やゲーム、ネットにのめり込んで付き合いの長い友達も出来た。夜が救いだった。

今はもうあの時のように、夜は匿ってくれなし味方もしてくれない。夜は砦ではなくなってしまったから。

真正面から戦うか、逃げるしか選択肢がない。

でも戦う体力も逃げる体力も残っていない、

 

あーあ!恋人がいれば不安の6割くらいは解決するのにな!

 

あーーーーあ!!

あーあ!!

 

あーぁ…

 

 

0(:3 )〜