無機質な目だな、と思った。
今思うと、逆さまつげだったからなのかな。
その端正な顔立ちが寄り、近未来か何かのAIロボットを彷彿とさせた。その目で何を見てるのか、何を考えてるのか、純粋に気になった。
勿論、彼は正真正銘、霊長類ヒト科ヒト属の人間であるから食事もするし睡眠も取っているはず。見た事ないけどくしゃみもするだろう。
いつもイヤホンで空間との断絶を謀っているように見えた。何を聴いているのか、それすら尋ねることが出来ない距離にいた。物理的にも心理的にも。
そのうち、AIが学習機能を発揮し出したかのように、不思議な質問をされるようになった。
そのきっかけに、自分自身が多少なりとも関与していた事を後から知って驚いた。
人に興味あったんだ。
あれ、もしかしてやっぱり人間?
私の想像の範疇を遥かに超えるほど、彼は人間らしく思慮深かったのだ。
知った彼は優しい人だった。
先に生まれたはずの自分が恥ずかしくなる程、優しい人だった。
人を人としてちゃんと認識しながら生きている、人としての尊厳を大事にできる、血の通った立派な人間だった。
少しずつ、彼の思考を分けてもらった。
発する言葉の全てが丁寧で、興味深くて、浮世から逸脱して聞こえた。取り零しのないよう拾い集めるのに必死になる自分が可笑しかったし、振り返ると中々健気であったとも思う。
興味深い人間が大好きな私にとって、夢中にならない筈がない相手だった。それ程に魅力に溢れた人だった。
その事に気が付かずに彼との関係を諦めてきた人間がどのくらい居たのだろう。
そこに辿り着くまでに、引き返してしまった人間が、どれほど。
この人と出会ってからの私はというと、自分自身を疑ってしまう程に涙腺が緩くなった。
優しい言葉ひとつで、ポロポロと涙が出る。
愛おしく大事にしたいと思い静かに泣く。
遠くに行ってしまわないか不安で、傷付けてしまった事がショックで、溜められなくなった涙が一気に溢れ出る。
こんな風に心のままに泣けるようになったのは、受け入れてもらえる事が、分かっている安心感からなのか。ただ単に年齢を重ねて涙脆くなっただけでは片付けられないくらいに 私はこの人の前で泣いている。前に出る感情を抑えきれなくなってしまった。
それから、ほんの少しずつ 彼を通して自分の事を好きになれている。 私らしさを大切にしてくれている彼を大事にする為にも、自分を大切にする事を心掛けられるようになった。
少しずつご飯を食べる量も増えた。
ズルズルと面倒なことを先延ばしにする癖も、正そうと心掛けている。
友達や親に好きな人が出来たと、はっきり言う事ができるようになった。
心底大事にしなくてはいけない相手だな、と恋愛をを通して初めて思う事が出来た。
恋人としてじゃなくても 最悪カタチは何だっていい。死ぬまで私の人生の中に立っていて欲しい。
人としての生活を諦めそうになる度に、存在を思い出すだけで 何となく生きていけそうな気がする。私の人生捨てたもんじゃ無かったなとすら この私が思っちゃってるくらい。
中学生の頃、お気に入りだった市営図書館の特等席を思い出した。
少しだけ埃っぽい奥まった一人がけの席。
陽だまりが椅子と机を包んでいる。
腰を下ろして机上にうつ伏せになると、私の好きな古本と表面のワックス、鉛筆の匂い。
誰も来ない、誰も知らない。
この場所があれば、他に何も要らないって、中学生の頃は本気で思っていた。
AIロボットと陽だまりの机って、相反する存在な気がするのにね。思い出したってことはそういうことなんだろうね。